まとめ
聖書の中で、もっともワクワクしてドラマチックなストーリーは、「使徒の働き」でしょう。
もちろん、イエス自身が直接ミニストリーをする4つの福音書の物語も素晴らしいのですが、私たちと同じ、弱くて足らないところも多い弟子たちが、聖霊の力に満たされて神の言葉を広めていく姿には、別の感動があります。
しかし、彼らの時代、教会に最初から5つのミニストリーがあったわけではありません。
彼らの教会は、最初から「完全」だったわけではありません。
むしろ、今の時代の教会と変わりなく、常に問題がありました。
そして、教会は、問題があるごとに成長し、前進していったのです。
・急に3000人も救われたので、予定外に教会が始まりました(使徒2章)。
・食料の配給で問題が起きたので、執事が立てられました(使徒6章)。
・迫害で散らされたので、伝道者が現れました(使徒8章)。
・外国で自然に教会が始まったので、バルナバの使徒的な役割が始まりました(使徒11章)。
・間違った教えが出てきたので会議を開いたら、異邦人伝道が正式認可されました(使徒15章)。
・各地で誕生した教会をフォローアップするため使徒たちが手紙を書いたので、教理が明確になりました。
健全な理解のために
5つのミニストリーの教えはとてもインパクトがあり、強烈な印象を残します。
そのため、この教えを神秘化・偶像化してしまうケースや、逆に排斥・中傷してしまうケースがあります。
この教えは、重視しすぎても軽視しすぎても罠にはまります。五役者シンドローム(症候群)にも五役者アレルギーにもかからないように注意しましょう。
そのためには、以下のポイントを認識しておくと良いでしょう。
肩書きではなく役割
ある教会は「使徒」「預言者」などの名称を大事にしますが、ある教会はただの役割分担として漠然と「あの人は教師タイプだね」「彼は預言者的なメッセージをする」と表現します。
肩書きがあっても良いのですが、大切なのはその際に実体として機能しているかどうかです。
偽使徒
一見華やかな任務に思われる5つのミニストリーですが、本質は素朴で地味なものです。
とくに使徒はそうです。
パウロも会ってみると迫力の無い人でした(Ⅱコリント10・10)。
現代の使徒的人物たちも多くは、一見すると肩の力の抜けたごく普通の人たちで、柔和で、けれども彼らを通してキリストの命が溢れ流れます。
ところが、偽使徒は聖書の時代からいました(Ⅱコリント11・12-14)。
今もいます。
私の祈りを受けると油注ぎが増す、賜物が与えられる、癒される、私のグループの下に入れば祝福される、などなど、さも偉大な人物風に説きますが、偽者です。
権威や肩書きに弱い日本人は騙されやすいので注意しましょう。
そもそも使徒と自称しないと使徒の仕事ができないような人は使徒ではありません。
使徒という呼称にまったく興味も知識もない人のほうが、案外、健全に使徒的なミニストリーをしていることが多いものです。
5つ以外のミニストリー
ところで、教会を建て上げるためには、5つのミニストリー以外の人々も、もちろん必要です。
ここで、5つのミニストリー以外で、神の教会を支えるための働きを紹介します
長老
長老は、地域教会の中で、霊的な事柄に責任を持つリーダーたちです(使徒14・23)。
広い意味では五役者たちも長老の一種ですが、通常は、五役者ではないけど地域教会の霊的な指導をする人(牧師の補佐)を指します。
牧師を助け、信仰の模範となる人で、御言葉を教えたり、礼拝を導いたり、メンバーたちの霊的ケアに気を配ります。
長老は、(聖書的に厳密に言えば)使徒が選んで正式に任命します。
よく指導の任に当たっている長老、特に、御言葉と教えのために労苦している長老は、二重の尊敬(報酬)に値します(Ⅰテモテ5・17)。
「監督」という言葉もあります。
監督の原語「エピスコパス」(=overseer全体を見る、向こうまで見る者)は、今日の言葉でいえば「リーダー」です。通常は長老とほぼ同義語です(使徒20・28、ピリピ1・1)。
5本の指
5つのミニストリーは、陶器師が粘土に触れるように、主の手の先の5本の指となって人々に触れ、神のデザイン通りにかたどっていく役割です。
じつは、人間の5本の指のそれぞれの特徴は、ちょうど五つのミニストリーの特徴にそっくりです。
そして、5本の指のチームワークは、ちょうど五役者のチームワークと同じです。
これは神が、私たちに五つのミニストリーを理解させるために与えてくれた知恵と言えます。
親指(使徒)
親指は、手全体で見ると、一番根元(手首)側に位置しています。
これは、土台の役割をする使徒の特性です。
親指は、手のほとんどの機能で重要な支点となり、他の4本すべての指に触れることができます。
また、拳を握って力を込めるとき、他の4本の指を抱える(覆う)ような働きをすることで、握力を生み出します。
同じように使徒は教会の軸を作り、他の五役者たちとのチームワークで効果を発揮します。
使徒・預言者・伝道者・牧師・教師
使徒
「遣わされた者」という意味です。
主によって特定の教会から派遣されて、他の五役者(特に預言者)たちとチームを組みながら、いろいろな文化や環境の中で教会を生み出し、健全に成長させ、自立させる人です。
主イエスから霊的な設計図を受け取り、全体像を把握している「建築家」で、教会の土台となる真理を据えます(Ⅰコリント3・6、10)。
御言葉の奥義を教え、健全な秩序と教理を保ち、教会が神の恵みを受け取れるように整えます。
教会の自立後は、主が選んだリーダーたちを任命して、権限を委譲します。
聖書では12使徒以外のほか、パウロ、バルナバ、アンデロニコとユニアス(ローマ16・7)なども使徒です。
5つのミニストリーの目的
5つのミニストリーは、「五職」「五重の務め」など、さまざまな通称があります。
ここでは、通称の一つである「五役者」(ごえきしゃ)という言葉を使っていきます。
五役者は、キリストから教会への賜物(ギフト)です。
賜物とは、神からの一方的な恵みです。
努力や情熱で与えられるものではなく、何かの報いとしてもらうものでもありません。
そして賜物にはその使用目的があります。
時代や場所によって五つのミニストリーの形はさまざまですが、ゴールは明確です。
それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。(エペソ4・12-13)
これが五役者の務めのすべてです。
こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。(エペソ4・11)
聖書によれば、キリストは神の国のチームを共に建て上げるために五種類の務め(使徒、預言者、伝道者、牧師、教師)を用意しています。
これはパワフルで重要な教えですが、同時に大変デリケートです。
この教えはさまざまな時代や場所で、主の栄光の教会を建て上げる起爆剤となってきた一方で、さまざまな混乱や誤解を起こすこともありました。
神が与えるものはすべて良いものですが、それらを私たちが正しく受け止め、消化し、実践し、実を結ぶには、御言葉による健全な教えと、聖霊の導きが伴う神のタイミング、そしてそれを実現できる整えられた器(人物)が必要です。
この学びを通して、健全な教えを受け取り、神の意図するチームワークを知って下さい。
まず初めに、5つのミニストリー(務め)の全体像を、エペソ4章から見てみましょう。