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2011年8月 3日
 
花嫁の美しさ

 「花嫁」という言葉を聴くとき、あなたはどんなイメージを持ちますか?

 花嫁には、どんな特長があると思いますか?

 何と言っても、その美しさです!

 ウェディングドレスを着た花嫁が式場に現れると、招待客たちはみなその美しさに歓声を挙げるものです。

 清純で、きれいで、麗しいこと、それが花嫁の特長です。

 教会も同じです。

 花婿イエスが花嫁なる教会に求めることは、まずなによりも、美しいことです。

 とはいえ、勝利者たちはエステに通いつめる必要はありません!

 教会に求められる美しさは、霊的な麗しさです。

 イエスが教会をどのように仕上げたいか、花嫁なる教会の特長を、御言葉から探ってみましょう。


①しみもしわもない

 キリストは花嫁を、しみもしわもない、完全な美しさに仕上げます。

 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
(エペソ5・26−27)

 教会にとって、しみとは、洗い清められていない罪のことです。

 服にしみがあると、そこだけ色がくすむように、悔い改めずに残されたままの罪は、教会を汚します。

 罪は、個人だけでなく、チームである教会そのものをも汚すのです。

 それでは花嫁とは言えません。

 それゆえ主はあなたを導き、あなたの魂に残る罪のしみを、洗い清めるように促します。

 口で告白して悔い改めて祈り、十字架の血によって洗われ、罪のしみを捨て去りましょう(Ⅰヨハネ1・9)。


 また、教会にとって、しわとは、神に喜ばれない曲がった行動や歪んだ行動です。

 服を雑に扱うと、おかしなしわができてアイロン掛けが大変です。

 同じように、雑で間違った行動や態度を起こすと、教会に歪みやひずみをもたらします。

 それでは花嫁とは言えません。

 ですから聖霊は教会の中で働き、教会が御心にそった良い行い、召された道へと進めるように導きます。


②清純な処女

 キリストの花嫁は、汚れのない処女として存在します。

 というのも、私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからで私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。(Ⅱコリント11・2)

 男性と関係をもったことがない、汚されたことのない女性です。

 花嫁は純潔を守り、花婿にのみ自分を捧げ、支配させます。

 教会は御言葉を守り、主イエスにのみ自分を捧げ、支配させます。


 教会にはしばしば間違った教え、価値観、流行、イデオロギーなどが侵入してきて、純潔さが汚されそうになります。
 
 ヒューマニズム、エコロジー、オカルトや神秘主義、権威主義や民主主義、社会主義、宗教との混合、行き過ぎたリベラリズムなど、切りがありません。

 いつの時代も、教会は真理を守るための戦いがあります。

 真理の御言葉を正しく握ることは、花嫁の聖さです(ヨハネ17・17)。

 花嫁は、あらゆる種類の偶像崇拝を拒否し、聖さを保つのです。


③聖徒たちの正しい行いを衣としている

 花嫁のドレスは、一人ひとりの勝利者たちの義によって仕立てられています。

 花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」(黙示19・8)

 この御言葉の「正しい行ない」は「法的に正しい行為、正しい判断」などの意味があります。

 英語のKJV訳では、「聖徒たちの義である(the righteousness of the saints)」と訳しています。

 つまり表面的な行ないではなく、義(神との正しい関係)から生じる行ないです。

 あなたが日々、神と深く結びつき、御霊によって歩んでいきるとき(ガラテヤ5・16)、そこから生じる正しい行ないの一つひとつが、花嫁のドレスを仕立てているのです。


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